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犬の読み物 > ももちゃんがんばれ!! ( お兄ちゃんより さん、ありがとうございました) |
12年前のクリスマスイヴの夜、ももちゃんは我が家にやってきました。生後2ヶ月の雌のミニチュアダックスフントの赤ちゃんは本当に手のひらサイズの小ささで、母犬の匂いの染み付けてある毛布にくるまってすやすや寝ていました。
それから13年。当時12歳だった私も今は25歳。自分の人生の半分を、ももちゃんと共に暮らしてきました。犬が大嫌いだったももちゃんは、自分を人間と思いこんでいました。どこに行くにも、何をするにも一緒でした。ももちゃんの名前は、ミヒャエル・エンデの「モモ」から採りました。失った時間を取り戻してくれる、今ある時を豊かなものにしてくれるとの願いを込めてつけられた名前です。 その名の通り、ももちゃんは私たち家族を一つにまとめ、幸せな時間を過ごさせてくれました。 昨年末から今年初めまで、両親が海外旅行に出かけた為、私とももちゃんは二人きりで過ごしました。クリスマスには、我が家の一員となった事の記念のお祝いもしました。 ところが年明け3日頃から変な咳をしはじめ、痰がでるようになりました。ごはんもさっぱり口にしなくなってしましました。そのとき私はそれほど具合が悪いとは思っていませんでしたので、そこまで気にはしていませんでした。 しかしその日は丸一日なにも食べなかったので、心配して私は大好物のりんごを小さいさいの目に切って、蜂蜜を少しかけて食べさせてあげました。ももちゃんは喜んで食べたので安心しました。翌日は、桃の缶詰を開け、私が一度食べて柔らかくしてからももちゃんに食べさせていました。桃一つ分くらいは食べたでしょうか。少し元気になったように見えました。 6日、両親も帰国した日。ももちゃんの体温は驚くほど下がっていました。あわてて病院に連れて行くと、肺炎と胃の機能の停止、体温は32度まで下がってしまっていました。 その日からももちゃんは緊急入院。入院してすぐに点滴をうってもらった時に、ももちゃんは立ち上がり、少し元気になったように見えていました。 今は8日の夕方。毎日お見舞いに行っていますが、今日、お医者さんに止められてしまって、ももちゃんを抱っこしてあげることができませんでした。意識も朦朧としているようで、目と耳は殆どきかないとの事でした。昨日の夜、少しもどしたらしいのです。小さく角切りされたりんごが出てきたそうです。 今、ももちゃんは、病院の酸素の濃度の高い箱の中で、前足に点滴を打ちながら、横たわって半目を開けています。箱を開けると酸素の濃度が下がるから、明けられないそうです。酸素の濃度が下がると、呼吸が苦しくてできなくなるそうです。 お医者さんに、「ももちゃんはうちに帰ってこれますか?」と聞くと、「肺炎もまだ治っていないし、胃も動いていないからねえ・・・・・」との答えでした。 私は、自分がずっと使っている手袋の、フリース生地のインナーを、先生に預けてきました。寂しがり屋なので、もし、ふたを開けることができたら枕にしてあげてほしいと思ったのです。緊急入院だったので、ももちゃんはひとりぼっちだったからです。 ももちゃんが、元気になってうちに帰ってこれるかはわかりません。でも、私の内心のどこかで、もう駄目なのかなと思っていて、これから起こるかもしれないことを受け入れようと務めているのかもしれません。 何となく、わかっているんです。 でも、今になって思うんです。何でもっと抱っこしてあげなかったんだろうとか、何でもっとかわいがってあげられなかったんだろうとか、何であの時りんごをすってあげなかったんだろうとか、思いがたくさん出てきてしまって、きりがないんです。 でもそれはどれも、私の思いなのでしょう。 今確実にいえることは、ももちゃんがこの瞬間に、頑張ってるという事です。 だから、せめて、ももちゃんが幸せで、苦しまなくて、楽しくいることができるように、お祈りしようと思っています。ももちゃんが元気になって、またうちに帰ってくることができますように。 ももちゃんがんばれ!! 長い文章を読んで頂いてありがとうございました。 |