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犬の読み物 >初めての老犬介護 みいさん、ありがとうございます(大感謝) |
痴呆症が現れたのは確かジェンが17歳の頃だったと思う。 小学生の頃から共に生活し、青春時代を過ごしたかけがえのない家族だった。 私は、生まれてから今まで33年間犬が居ない生活はないほど犬が大好きでしかも関係ないが戌年である。 しかし、介護生活は、いとおしい気持ちでいっぱいの私の心に悪魔が一瞬覗かせる過酷なものだった。 目は白内障により全盲になり、耳は聞こえなくなった。 足腰は弱り、散歩へも行けない。 そんな体であっても、夜中徘徊し、食い中毒のようにいくらでも食事を欲しがった。 食べるのだから、排泄物の量は半端ではなかった。それも、いつでもどこでもする。 以前のジェンの面影などどこにもなかった。 徘徊と言っても前進しか出来ず、なにかにぶつかっては、大声で悲鳴のような甲高い 声で誰かが来るまで泣き叫んだ。 家族の者は、夜中だろうが、朝方だろうが、ぶつかって進めないジェンの体位を直しにかけつけなければならなかった。 父親がグルグル回れるように木で楕円形の大きなサークルを作り、その中にバスタオ ルを何枚も敷き詰め、そこで徘徊させ、排泄させた。 水やえさも当然ひっくり返すなんて毎日のこと、 バスタオル専用の洗濯機が動かない日などなかった。 どんなに洗っても、木に染み付いた排泄物の匂いは悪臭を漂わせていた。 それでも、隙間に爪が引っかかったと言っては泣き叫び、バスタオルに絡まったと 言っては大声で私達を呼んだ。 ご近所に迷惑がかかると言う気持ちから、声がすれば飛んでいく日々、睡眠不足で体 は限界だった。 半分寝ている頭で、 この子は何時まで生きるのだろう? この子は何時死ぬのだろう? 私は何時ぐっすり眠れるのだろう? そんな事を考えながら、よぼよぼ歩き回っているジェンをじっと見つめていた夜もい くつもあった。 結果的に約一年の老犬介護期間だった。 たった一年だった。 しかし、何倍も長く感じ、先の見えない期間の苦しみは経験者に しかわからないだろう。 人間の介護も同じだとジェンが教えてくれた。 年老いていく姿は犬も人間もまったく同じであった。 ただ、一つ違っていたのは、死ぬ最後まで鼻だけは利いた。何も聞こえない暗闇の中、手を近づけることによって 私が傍に居ることを伝えることが出来た。 痴呆が進み、朝夜逆転しても私の事は最後まで忘れないでいてくれた。 犬は、どんな姿になろうとも最後まで人生をともに過ごした飼い主と最後を迎えたいと願っている。 それが私が犬から感じた犬の気持ち |
介護は実際に経験しないとわからないと言われています。 |